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▲ダービーの戦い方を知る四位騎手が登場 (C)netkeiba.com


GI恒例の「コース解説」企画。実際にそのGIを勝ったことのある騎手に、コースの特徴や攻略方法を教えていただきます。ダービー編の今回は、2007年にウオッカで、2008年にディープスカイで勝利し、連覇を果たした四位洋文騎手が登場。

戦後初、64年ぶりに牝馬でダービーを制した歴史的名牝ウオッカ。堂々1番人気で制したディープスカイ。ダービーの戦い方を知る名手が2頭のレースから、勝利のポイントを明かします。そして4月1日に天国に旅立ったウオッカ。「僕にとってウオッカは“恩人”」、そう表現した四位騎手。胸に秘めた、ウオッカへの思いとは。

(取材・文=不破由妃子)


勝負のポイントは最初のコーナーの入り


──これまでダービーには16回騎乗されて、2勝2着1回3着3回。その戦い方や勝負になる馬の適性など、熟知されているように思います。

四位 そんなことはないですよ。力のある馬に乗せてもらってきたということです。シックスセンス(7番人気3着)にしてもドリームパスポート(7番人気3着)にしても、人気以上に力のある馬たちでしたから。

 ただ、ダービーを勝ち負けできるのはどういう馬かというのは、経験を積むなかでわかってきた気がします。やっぱり切れ味だったりスピードの持続力だったり、なにか“突出した武器”が必要だなと。

──なるほど。各馬の特性に合わせて作戦を立てるとき、コース形態にはどこまで留意しますか?

四位 東京は大きいコースだし、直線も長いですからね。たとえば前半、自分が思ったような展開にならなかったとしても、道中のどこかでカバーできる可能性がある。とはいえ、最初のコーナーの入りが勝負のポイントなのは確かです。できる限り、スムーズに運びたい。

──ウオッカは2枠3番からのスタートで、その1コーナーで少しゴチャつくシーンがありましたよね。

四位 あれくらいは普通です。ゴチャついたうちに入らない(笑)。それにウオッカに関しては、馬に囲まれているほうがレースがしやすいのではという頭があったし、そのなかで馬と自分の呼吸を合わせるというか、調和を大事にして乗りました。

──その結果、抜群の手応えで、しかもまったくコースロスなく4コーナーを回ってきて、馬場の真ん中から突き抜けてきましたよね。

四位 確かに道中のリズムもよかったし、4コーナーでの手応えも抜群でしたけど、半信半疑というか、どうかな…っていう感じでしたけどね。そこで「これなら勝てる!」と思えないのがダービーなんじゃないですかね。

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▲64年ぶりに牝馬でダービーを制した歴史的瞬間 (撮影:下野雄規)


その馬のことを一番知っているジョッキーのほうが強い


──翌年のディープスカイは、後方追走から4コーナーは大外。確信を持って大外に持ち出したように見えました。

四位 改めてレース映像を見るとゾッとしますけどね(苦笑)。

──ゾッとするというのは、4コーナーの進路取りですか?

四位 いえいえ、もうスタートからです。あんなに後ろからいって…。ホント、今見るとゾッとしますよ。あの日はインコースを通った馬が伸びる馬場だったんですよね。それをわかったうえで外に出したんだから、もし負けていたら何を言われていたかわからない(苦笑)。

──確かに(笑)。でも、それだけ自信があったということでは?

四位 そうですね。前走でNHKマイルCを勝って以降も馬がどんどん良くなっているのを肌で感じていたし、何より僕自身の精神面でいえば、前の年に勝たせてもらっていたことが大きかったと思います。

 だからこそディープスカイの力を信じることができたし、インコースにこだわってとか、ロスなく運んでとか、そういう馬ではないと思えた。だったら、不利のない大外から攻めてもいいんじゃないかと思ったんです。不利を受けたり、前が詰まって力を発揮できずに終わったりするのが一番嫌でしたからね。

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▲「ディープスカイの力を信じ、不利のない大外から攻めた」と四位騎手 (撮影:下野雄規)


──それだけ馬の力を信じていたということですよね。以前、ディープスカイとのダービーを振り返って、「レース中、何の音も聞こえなかった」とおっしゃっていました。それこそ、集中力が極限に達した、いわゆる“ゾーン”なのかなと。

四位 確かにあのダービーではそうでした。ただね、勝ったから言えることです。勝てばなんでもカッコいいことを言えますからね(笑)。

──そうおっしゃいますけど、「1番人気でダービーを勝つ」ということの凄みを感じたんです。

四位 そこはやっぱり、馬を信じることができてこそだと思いますよ。

──紛れが生じにくいコースにあって、それこそが大きなアドバンテージということですね。

四位 そう思います。テクニカルな部分に関してはいろいろと個人差がありますけど、やっぱりその馬のことを一番知っているジョッキーのほうが強いと思います。もちろん、それ以前に馬の絶対能力という違いはあるにせよ、ジョッキーで差が出るとしたら、そこなのかなという気はしますけどね。

クラシックは流れがイレギュラーになりやすい


──馬との信頼関係のほかに、ダービーの特殊性というのはどのあたりに感じますか?

四位 クラシック全般に言えることかもしれませんけど、古馬のGIと違って、経験の浅いジョッキーが乗ってくる機会が多いイメージがありますね。しかも、若馬同士のレースですから、行くと思われていた馬が行かなかったりして、流れがイレギュラーになりやすい。

 たとえば、大逃げを打った馬がいたとして、その離れた2番手に経験の浅いジョッキーがつけたとしたら、ものすごくペースが遅くなったりするんです。なんていうんですかね、レースが固まってしまうというか、フリーズするというか。そういうケースが多いような気がします。

──イレギュラーな流れにも対応できる経験が必要ということですね。あと、レースがフリーズするとなると、結果的に枠順も影響してきますよね?

四位 そうですね。結果論ですが、たとえばスワーヴリチャードでいうと、枠が決まった時点では内枠でよかったなと思ったんですけど(2枠4番)、終わってみれば外枠のほうがよかったなとつくづく思いました。レイデオロが途中からマクっていくのを見ながら、「俺も動きたい!」と思ったけど、動くに動けなくて。

──2017年のダービーは、前半1000m通過が63秒2という稀に見るスローペース。馬群のなかにいる馬たちは、まさにフリーズ状態でしたものね。

四位 はい。もうビックリするくらい遅くて。自分としては、最後に4分の3馬身差まで詰め寄ったことを思うと…。スワーヴリチャードは、ダービーを勝つべき馬だったと今でも思っています。あのレースは勝ちたかった。ウオッカとディープスカイも内枠でしたけど、ホントに流れひとつでこうも変わってしまうのかと。そのあたりもダービーの難しさですよね。

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▲ダービーを勝つことの難しさを語る四位騎手 (C)netkeiba.com


──馬にとって一生に一度のダービーですから、ジョッキーの道中の葛藤も激しいものがあるでしょうね。

四位 2分20秒ちょっとのレースのなか、最初の1分くらいである程度は決まってしまいますからね。馬にとってその舞台は一生に一度。そういう意味では、本当に重い舞台だと思います。ジョッキーとしても、関係者すべての思いを背負ってそこに立つわけですからね。僕自身、ダービーを勝つことは、子供の頃からの夢でしたし。

デビュー前に追い切ったときの衝撃


──そんな四位さんの夢を叶えてくれたのがウオッカ。この4月には残念なニュースがありました。

四位 ショックでしたよね。やっぱり僕にとってウオッカは“恩人”ですから。自分という歴史のなかにも、ずっと残っていく馬です。この先、競馬の世界で生きていく上で、あんな牝馬にはもう二度と会えないような気がしますね。

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▲皇太子殿下(当時)に馬上から敬礼した印象的なひとまく (撮影:下野雄規)


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▲安倍晋三内閣総理大臣、2007年JRAキャンペーンキャラクターの織田裕二さんらと記念撮影 (撮影:下野雄規)


──ウオッカの仕草や感触などで、真っ先に思い出すのは?

四位 競馬でももちろん強かったんですけど、一番強烈な印象として残っているのは、デビュー前に追い切ったときの衝撃ですね。こんな2歳馬がいるのかと思いましたから。今でも忘れられません。

──どんな衝撃だったんですか?

四位 なんていうのか、すでに古馬のような感じだったんです。初めて跨ったときに、「ホントにこの馬、デビュー前なの!?」って思いましたから。かといって、完成度が高いとかそういうことではなく、もうスケールそのものが違った。跨って、馬場に入って最初に走り出したときの感じとか、男馬みたいな感じでしたからね。言葉で具体的に表現するのは難しいんですけど。

──四位さんにそれほどの衝撃を与えたというだけで、ウオッカがどれほどの馬だったのか、ファンのみなさんにも伝わるのではないかと思います。それに、“恩人”という表現が何より胸に刺さります。

四位 言葉では言い尽くせないものがありますよね。今までたくさんのいい馬に乗せてもらってきましたけど、その強い馬たちの背中というのは、自分のなかで馬の能力を測るいろいろな判断材料になっています。

 ウオッカも当然、そのなかの1頭です。強い馬の背中を知れば知るほど、水準が上がりすぎて困りますけどね(笑)。どうしても馬に対する評価が辛口になってしまいますから。

──ホースマンとして、何よりの財産ではないですか?

四位 そうですね。競馬に携わっていく人間にとって、勝ち負けと同じくらいそういう指標というのは本当に大事で。ウオッカは僕のなかの大切な大切な引き出しのひとつであり、これからも恩人としてずっと心のなかに残っていくでしょうね。

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▲四位騎手「これからも恩人としてずっと心のなかに残っていくでしょう」 (C)netkeiba.com


(了)

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