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▲父は美浦の斎藤誠調教師、斎藤新騎手と安田隆行調教師の師弟対談 (C)netkeiba.com


今回からスタートする「シリーズ師弟対談」(不定期)。近年は昔ほどの師弟関係があまり見られない傾向にある中、今年デビュー組の多くにおいては所属厩舎の厚いバックアップ体制が感じられます。どんなきっかけで所属が決まり、昭和生まれの師匠と平成生まれの弟子は普段、どんな会話をしているのでしょうか。このシリーズでは師弟コンビの絆や普段の姿に迫っていきます。

記念すべき第1弾は安田隆行調教師と斎藤新騎手。安田師はジョッキー時代にはトウカイテイオーで日本ダービーを制し、調教師転向後はロードカナロア、トランセンド、カレンチャンなどを輩出してきました。しかし、その実績とは対照的に冗談を交えながら温かく斎藤騎手のことを見守ります。「厩舎実習の時はよく泣いていたけど、こないだのレースはすごく上手く乗った」と珍しく褒められたことに対して、斎藤騎手の答えとは…?

今年デビューの新人騎手では最多の7勝を挙げる斎藤騎手と安田師、さらには厩舎スタッフも巻き込みながら終始、笑いに包まれた対談をどうぞ。

(取材・構成:大恵陽子)


ジョッキーベイビーズ優勝後に、まさかのハプニング


――安田調教師、斎藤騎手、今日はよろしくお願いします。

二人 よろしくお願いします。

安田師 寒いので、大仲のストーブで暖まりながらやりましょう。

――ありがとうございます。4月12日時点で斎藤騎手はすでに7勝を挙げ、今年デビューの新人騎手としては最多勝ですが、どのように感じられますか?

安田師 よく7つも勝たせてもらったな、と感じます。

――斎藤騎手のお父様は美浦の斎藤誠調教師。騎手を目指したのは自然な流れだったのでしょうか?

斎藤騎手 そうですね。ずっと小さい頃から馬が身近にいる環境だったので、自然と競馬の世界に興味を持ちました。でも、小学校5年生の頃は馬が怖くて全く触ることができなかったんです。馬に乗ることも怖くて、親は「もう無理だな」って諦めていたほどでした。

 ただ、なぜかは分かりませんが、馬は怖いのにジョッキーにはなりたいってずっと思っていました。そしたら母が乗馬クラブに連れて行ってくれて、少しずつ乗り数を増やして馬に慣れさせてくれました。

 中学2年生からは美浦トレセン乗馬苑のジュニアチームに入って、平日も放課後に通っていました。教えてくれていた先生が元々競馬学校の教官だったので、競馬学校式のトレーニングなども教えてくださいました。

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▲斎藤騎手の父、斎藤調教師 (C)netkeiba.com


――安田師は元ジョッキーですが、子供にはジョッキーになってほしかったですか?

安田師 うちの場合は(安田)翔伍先生がジョッキーになりたかったみたいですけどね。もちろん応援もしましたが、体が大きくなって騎手の道は閉ざされました。でも、調教助手から調教師になって彼なりに頑張っているんじゃないでしょうか。

 (斎藤)新は中学1年生の時にジョッキーベイビーズ決勝(東京競馬場)に出場経験があって、1着! ガッツポーズをして、ゴール入線後に落馬したんだよな(笑)。

厩舎スタッフ 当時の映像、ありますよ。

斎藤騎手 え…(汗)。

安田師 見たい見たい!

一同、観戦

安田師 あー、落ちた(笑)。てっきり、馬がクルッと回って落ちたのかと思っていましたが、馬は真っすぐ走っているのに人がだんだんバランスを崩して飛び降りるような格好になっていますねぇ(笑)。

斎藤騎手 はい、「そこで落ちるの?」っていう…(苦笑)。馬は無事だったのでよかったです。

安田師 ガッツポーズはGIを勝つとやりますが、本来はあまり良くないですね。ゴールに入った時は馬が一番気が緩むので、骨折する可能性が高いんです。なので、できるだけその時はバランスを崩さないっていうのが鉄則。こういうことを経験して、今後はしないでしょう。

――早い段階で失敗から学ぶこともあったんですね。競馬学校には無事合格しましたが、厩舎実習はどちらでされましたか?

斎藤騎手 1年生の東西での短期実習では美浦は父の厩舎に、栗東はその時から安田厩舎でお世話になって、2年生から約1年間の厩舎実習も安田厩舎でした。

安田師 あの頃、新はまだまだ力がなくて、これからどんどん経験してパワーアップしてほしいなと感じました。私よりも調教助手や翔伍先生が熱心に指導をしていて、たまにガツンと怒られて泣いていました。その頃から比べると逞しくなりましたね。

斎藤騎手 実習中はそうですね。でも毎週、同期の誰よりも一番競馬場に連れて行っていただいて、たくさん勉強させてもらいました。僕の兄弟子にあたるのが川田(将雅)先輩なんですが、細かくアドバイスもしていただきました。本当に恵まれた環境で厩舎実習の1年を過ごせました。

父のいる美浦ではなく栗東所属へ


――安田厩舎は川田騎手以来、10年以上間隔が空いて2人目の弟子を迎えられたわけですが、どの段階で安田厩舎への所属が決まったんですか?

斎藤騎手 安田先生からは「入学前から」と聞いています。父が美浦で調教師をしているので、栗東に来ようと思っていました。父は栗東所属にさせるために行動をしてくれていたようです。

安田師 以前から彼のお父さんと知り合いだったわけではなくて、彼を預かるようになってから色々とやり取りをするようになりましたね。

――厩舎実習を経て今年3月2日に小倉でデビューとなりました。安田師は現役時代、小倉が得意だったとか?

安田師 小倉競馬場で騎乗機会45週連続勝利っていう記録を持っているんです。3年くらい毎週勝たせてもらって、それ以来、小倉が好きです(笑)。新がデビューの時はみんなで相談して、「小倉の方がチャンスがある」ということで小倉でデビューさせることにしました。初めての移動だったので、連れて行ったんですが、新幹線ではヘッドフォンをしていたけど、どんな音楽を聴いていたの?

斎藤騎手 洋楽とかです。

安田師 シャレてるなぁ(笑)。

――デビュー翌日の3月3日小倉4Rを自厩舎のアルファライズに騎乗して道中は中団から直線で脚を伸ばしての勝利でした。

安田師 あの日はちょうど新のお父さんも小倉に来ていたので、一緒にレースを見ていたんです。ゴール前、「よし、来た来たっ!」と言っていると、お父さんは私よりも大きな声で「来いっ!!!」と応援していました。写真判定だったけど、勝ったとすぐに分かりましたね。

斎藤騎手 2着馬とはハナ差で、僕は勝ったかどうか全然分からなかったです。

安田師 これからどんどん競馬に乗ったら、ハナ差でも「勝ったな」って感覚で分かるよ。

斎藤騎手 そうなんですね。あの時はまだ何も分かりませんでした。前日に僕、(藤岡)康太さんに差されて2着だったんですよ。今回も康太さんとの接戦で必死でした。

安田師 7番人気の馬でよく勝ってくれました。その後、お父さんの厩舎の馬で勝ちましたが、それは人気していたんだよな!?

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▲「7番人気の馬でよく勝ってくれました」弟子の初勝利を喜ぶ安田調教師 (C)netkeiba.com


斎藤騎手 はい、2番人気でした。自厩舎で初勝利を挙げられて、2勝目が父の厩舎。すごく嬉しいです。デビュー週から多くの厩舎から勝てるようなチャンスのある馬にたくさん乗せていただいていて感謝しています。

安田師 見ている方はやっぱり緊張しましたけどね。初勝利のレースも1コーナーで周りの馬に乗っかかるんじゃないかな? と心配するところもあって。でも、私のデビュー戦よりずっと上手いなと思いました。

 今は競馬学校に在学中に模擬レースで実戦を経験できるようになっていますよね。私たちの時は騎手免許を取る時にそういうのは全くなくて、デビューしたらいきなりレースで先輩の中に入って、大外をビューって回ってきて怒られて、という感じでした。今はホントに授業の内容が進んでいますね。

厳しい師匠が認めた100点満点の騎乗


――斎藤騎手がダウンの下に着ているのって、安田翔伍厩舎の厩舎服じゃないですか?

斎藤騎手 はい、そうです。

安田師 来年、転厩ですね(笑)。

斎藤騎手 え…! ちょっと待ってください(笑)。

安田師 まぁそれは冗談として、私はあと5年で定年ですが、そうなったら翔伍先生が面倒を見てくれるでしょう。こうして基本的には毎日楽しくワイワイやっていますし、然るべき時はスタッフがガツンと怒っています。

――現在、新人騎手では最多の7勝(2019年4月12日時点)を挙げていますが、この成績は安田師からご覧になられていかがですか?

安田師 思った以上に頑張っていますね。うちの厩舎での3勝は本来だったらなかったんじゃないか、と思っています。これからが本当の勝負ですから、頑張ってほしいですね。

斎藤騎手 勝たせていただける馬に乗せていただいて、こうした結果を残せているのはほとんど馬の力です。これからは他の方から見て、僕自身が馬の力を最大限発揮させて勝たせたなって思ってもらえるような競馬をできるようがんばっていきたいです。

安田師 本人が一番分かっていると思いますが、まだまだ勉強することが本当にいっぱいありますからね。いま一番課題として取り組んでほしいのはムチの使い方ですね。こないだ勝ったサンライズカナロア(2019年4月7日福島9R)でもまだちゃんとできていませんでした。普段の調教で訓練して、馬の反応に対する左右のムチの使い方を勉強していってほしいです。

 乗ることに関しては、道中もリラックスして乗れていると思います。トウカイオラージュ(2019年3月9日中京5R)はすごく上手く乗ったなって思いました。直線、どこから出てくるんだろう?と思っていたら、うまいこと内から抜け出して100点満点です。

斎藤騎手 あのレースは厩舎でああいう風に乗る作戦を立ててくれて、僕はその通りに乗っただけでした。

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▲師匠が「100点満点」と評したトウカイオラージュ(2019年3月9日中京5R)でのレース (撮影:高橋正和)


――レースだけでなく、調教でもダノンスマッシュに騎乗するなどいい馬の背中を感じられていることが繋がっているのではないですか。

斎藤騎手 安田厩舎でも調教からいい馬に乗せていただいていますし、浅見秀一厩舎では実習中にレインボーライン(引退)に乗せていただいて、そういう馬から多くのことを学ばせてもらっています。

安田師 浅見先生もすごく可愛がってくださって、たくさん騎乗依頼をいただいていますね。

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▲ダノンスマッシュの調教に騎乗する斎藤騎手 (撮影:大恵陽子)


騎手になることを見越して…父が密かに行ってくれていた英才教育


――お父様の斎藤誠調教師からはホースマンとしてどんなことを学んでいますか?

斎藤騎手 小さい頃から父が馬主さんに電話しているのを聞いたり、小中学生の頃は馬主さんとの食事会にも連れて行ってくれて、人との接し方を教えてくれました。

安田師 私も「人に会ったらきちんと挨拶をするように」と言ってきましたが、そういうことはできていますね。

斎藤騎手 レースでは安田厩舎もそうなんですが、父から細かい指示はありません。父は「俺の厩舎では自分のやりたいレースをしてこい」と言って、人より多くの経験をさせてくれています。それは父が調教師だからできること。

 しかも、馬主さんから預かっている大切な馬に、まだ1年目の僕を乗せてくれて、「自分のやりたいレースを」なんて言えないじゃないですか。それはやっぱり、父と馬主さんが親密な関係を築いていて、馬主さんも信用してくださっているということもあると思います。

 デビューしてみて、父には感謝の気持ちしかないです。実は4月7日が父の誕生日だったんですが、当日に父が管理するサピアウォーフで勝てたんです。

――それはお父様も喜んでらっしゃるでしょうね。一方で、斎藤騎手にとって安田師はどんな師匠ですか?

安田師 悪いこと言うなよー(笑)。

斎藤騎手 先生自身がジョッキー経験がおありなので、僕の気持ちもすごく分かってくださいます。温かく見守ってくださる中で、先生が経験してきたことをすごく丁寧に教えてくれます。

――では最後に、今の目標を教えてください。

斎藤騎手 新人賞なんですけど、そこを目標にはしたくないんです。新人賞は通過点として、「何勝!」という具体的に決めるんじゃなくて、チャンスを全部掴んでいきたいです。

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▲「新人賞は通過点、そこを目標にはしたくない」と力強く誓った斎藤騎手 (撮影:高橋正和)


(文中敬称略、了)

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