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▲和田騎手が、ジョッキーだけが知る競走馬の真実や難しさを語ります


競馬はギャンブルかスポーツか、それは競馬の永遠のテーマ。しかし、主役の競走馬が生き物であるという点で、ほかのギャンブルとは一線を画します。

「馬が走りたくない時ってあるの?」
「ゲート、なんで出遅れるの?」

この企画は、現役騎手や厩舎関係者がファンの疑問に答えながら、愛すべき競走馬たちの素顔を語る短期集中連載です。

第3回は人気ジョッキーの和田竜二騎手が、レースに特化し、ジョッキーだけが知る競走馬の真実や難しさを語ります。

(取材・文=不破由妃子)




疑問(1)「ソラを使う馬は多い?」


──『競走馬は生き物である』という大テーマのもと、ジョッキーだけが知る競走馬の真実や難しさについて、レースに特化して伺っていきたいと思います。さっそくですが、テイエムオペラオーは僅差の勝負になることが多く、ファンからは当時、「なんでもっと早く仕掛けないんだ!」という声も聞かれました。

 でもそれは、「抜け出すとソラを使う」という癖を考慮しての戦略だった。レースを観ているファンにはわかりづらい部分だと思うのですが、ソラを使う馬って多いんですよね?

和田 まぁ少なくはないですね。ただ、一言に「ソラを使う」といっても、難しさはその遊び方によりますから。何かを見て驚いたり、人間には感知できない何かを気にしての物見なのか、寂しがりでただほかの馬について行きたいだけなのか、あるいは怠けててこっちが動かせば動くのかとか。

 馬もそれぞれ性格が違いますから。躍起になって動かそうとすると、バカついてしまう馬もいますしね。馬はムチで叩けば動くというものではないですから。

──そのなかでも、オペラオーはどういったタイプだったのですか?

和田 オペラオーの場合は、抜け出すとフッと気を抜くタイプ。「抜かしたからもういいや」、みたいな。でもね、それをわかっていたから、仕掛けはそれほど難しくなかったです。メイショウドトウみたいに強い馬がいれば、その馬を目標にレースをすればよかったですし。

──なるほど。オペラオーは別として、ソラを使う馬のなかには、それゆえ惜敗を繰り返す馬もいますよね?

和田 いますね。

──ジョッキーにとってはもちろんでしょうが、馬券を買う側にとっても非常に悩ましい存在です。

和田 まぁさじ加減ひとつですからねぇ。そういう馬は、目標となる馬がいてくれるのが一番いいんですけど、毎度毎度目標にできる馬がいるかといったら、それは展開次第ですからね。

疑問(2)「ムチで叩けば動くというものではない?」


──続いては「ムチ」について。先ほど「ムチで叩けば動くというものではない」とおっしゃっていましたが、ムチを入れると逆に走らない馬もいるとか。

和田 そこまで極端な馬は稀ですけどね。ただ、効いているのか効いてないのか、よくわからない馬はたくさんいます。

 でもね、ジョッキーにとってムチというのは、馬を叩くためだけの道具じゃないですから。人間の体重移動のためというか、自分のリズムを取るために使っているところもある。あとは、癖を直すために使うこともありますしね。ヨレたときにバシッと叩けば、直る馬もいますから。

──ムチを使わずに負けたりすると、「なんでムチを使わないんだ」と憤るファンもいます。でも、叩けば伸びるという単純なものではないということですよね。

和田 下手に使ったら逆にブレーキがかかることもあるし、タイミングよく叩かないと逆効果なのは確かですね。馬の上でバランスを取りながら叩くわけですから、リズムを崩さず、効果的にムチを打つのはなかなか難しいんですよ。

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▲「リズムを崩さず、効果的にムチを打つのはなかなか難しいんですよ」


疑問(3)「馬が直線でヨレるのはなぜ?」


──ムチのお話のなかで“ヨレる”というキーワードが出てきました。これについても、「プロなら真っ直ぐ走らせろ」というファンのコメントをよく見かけますが…。

和田 ごもっともです(笑)。

──もちろん、ジョッキーの技量に起因するケースもあると思います。でも、そればかりではないのが真実ですよね。

和田 まぁいろんな原因がありますよね。口向きも関係してくるし、骨格上、どうしても曲がってしまう馬もいる。もちろん、ジョッキーのバランスが悪いことが原因でヨレることもあります。体重を掛けたら掛けたほうに馬は絶対に曲がりますからね。

──馬の骨格も関係しているんですね。それは知りませんでした。

和田 人間もそうだと思うけど、体のすべての骨が正しくシンメトリーなんて馬はほとんどいない。ただ、人間はそれを自分で意識できるから真っ直ぐに走れるし、競技の場合はレーンもある。でも、馬はそうじゃない。「俺はこっちのほうが走りやすいねん!」となれば、走りやすいほうに行こうとするんです。

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▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属


──そこでジョッキーが軌道修正しようとすると…。

和田 そう、どうしてもブレーキが掛かってしまう。だから、人の邪魔さえしなければ、矯正する必要はないと僕は思いますけどね。速く走らせるのがジョッキーの仕事だから、どんな状況でも絶対に真っ直ぐ走らせなアカンというわけじゃないと。

 馬はだいたい骨格で決まると僕は思ってるんですけど、ディープインパクトは、繋ぎから何から奇跡的な骨格を持っていたと聞きました。だからいつも真っ直ぐに伸びていたんでしょうね。

──なるほど。あの走りを可能にした要因のひとつは骨格だったんですね。ちなみに、オペラオーはどうだったんですか?

和田 オペラオーも、前脚は真っ直ぐやったそうです。だから真っ直ぐに走れたし、めちゃめちゃ操縦性が高かった。あそこまで自由自在に動かせる馬はなかなかいませんよ。

疑問(4)「なんでゲートで出遅れるの?」


──続いては、ファンが一番興味があるであろう「ゲート」について。出遅れをジョッキーのせいにするのは簡単ですが、それこそ生き物ならではの難しさがそこにはあるのではないかと思いまして。

和田 ゲートはね、調教で手間暇をかければ何とかなるケースが多いです。ウチの先生(岩元市三元調教師)はそのあたり上手に作っていたから、ゲートはみんな同じように出てた。

 ゲート練習はそれぞれの厩舎のやり方があるから、厩舎によって違いが出ますね。もちろん、どんなに練習をしても、どうにもならない馬もたくさんいますけど。

──和田さんが騎乗された馬でいうと、ミッキーロケットはゲートに課題がありましたよね。

和田 確かに一癖あったけど、それこそ厩舎でしっかり練習させたらよくなった。僕は数を乗っているぶん、テン乗りであってもゲートの癖はだいたいわかります。ゲートを潜る馬も、ゲートに入れる前からわかりますよ。

──そうなんですか? それはすごい。

和田 そういう馬は、とにかく首が下に下に行きますから。一番やっかいなのは上にも下にも行く馬で、潜る可能性も立ち上がる可能性も考えないといけない。どちらも実際にゲートのなかでやられたら、人間の力では到底対処しきれませんよ。そういう雰囲気を出してきたときは、「早く開けてくれー!」ってなります(笑)。

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▲(C)トマス中田 バディプロダクション所属


──そうですよねぇ。ゲートについては、もちろんジョッキーによる得手不得手もあるでしょうが、基本的には日々の練習が大事になってくるということですね。

和田 まぁそうなんですけど、僕は出遅れがすべて悪いとは思っていません。出遅れたほうが得な場合もありますからね。一番アカンのは、出遅れたあとに一気に挽回しようとすること。馬も急かされて引っ掛かるし、それによってリズムが悪くなる。なにしろ、リズムを保ったままで緩急のある競馬をさせることが一番難しいんですから。それこそ生き物ならではの難しさですね。

──それに加え、1000頭いれば1000頭分の個性があるわけで。

和田 基本的な技術や走らせ方は確立されているけど、それだけじゃアカンということ。プロゴルファーだって、風向きやら打つ場所やら、ひとつとして同じ条件がないから難しいわけでしょ。それと同じで。ただ、さっきも言ったけど僕は数を乗せてもらってサンプルが多いから、そのぶん引き出しは多いほうかもしれません。

──1頭1頭の癖や気性に対応しながら、毎週20頭近く乗ってらっしゃるんですものね。

和田 まぁそうですね。立ち上がって自分からひっくり返る馬以外なら何とかなります(笑)。難しい馬にもたくさん乗ってきたから、これはもう経験ですね。ただ、今日話したようなことは、それこそ相手が生き物だけに正解はなくて。でも、だから飽きないし、面白いんです。競走馬という生き物についてすべての答えがわかってしまったら、ジョッキーを辞めるときかもしれません(笑)。

(次回は栗東のベテラン助手が登場。競走馬の生き物らしさ全開の数々のエピソードを明かします!)


【イラスト作者プロフィール】
トマス中田
バディプロダクション所属
兵庫県姫路市出身/昭和生まれ