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▲グランアレグリア、38年ぶりの牝馬での優勝なるか(写真はサウジアラビアRC優勝時、撮影:下野雄規)


1980年のテンモン以来、牝馬の優勝馬が出ていない朝日杯FS。その歴史に挑むのが、藤沢和雄厩舎のグランアレグリアです。時を同じくして、先日のジャパンCをアーモンドアイが牡馬を蹴散らして勝利。世代違いで“強い牝馬”の新星の誕生なるか、注目が集まります。グランアレグリアの可能性と、牝馬の活躍が目立つこの時代をどう見ているか…競馬のプロに見解をうかがいます。


競馬評論家・須田鷹雄さんの見解「これまでの牝馬とは前提条件が異なる」


 競馬の結果を断定的に言うことはできないが、グランアレグリアが朝日杯FSに勝利する可能性は十分にあると思う。

 確かに、グレード制導入以降の朝日杯FSおよび牝馬限定戦になる前の阪神3歳Sにおいて、牝馬は23頭出走して1頭も勝ってはいない。ただノトパーソ、メイキャリー、アイドルマリー、サクラサエズリ、ミルフォードスルーと馬券に絡んだ馬はいて、5番人気以内に推されていた馬限定なら[0-3-2-5]。これをもって2歳牡馬と牝馬の間に決定的な力量差があるとは言えないだろう。

 最近だとミスエルテの1番人気4着、ベルカントの3番人気10着が印象を悪くしているかもしれないが、ミスエルテは牡馬と戦うのがはじめて。ベルカントはマイル戦がはじめてで、後の成績を見ても距離が敗因だったことは明らかだ。

 その点グランアレグリアはマイル戦2回を使ってからの朝日杯FSだし、サウジアラビアRCで牡馬を倒してもいる。これまでの牝馬とは前提条件が異なる。

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▲サウジアラビアRCで、既に牡馬を倒してもいる (撮影:下野雄規)


 それに加え、グランアレグリアはいまの競馬で有利となる要素を持っている。自分で積極的に競馬を作っていけること、速い上がりを使えることだ。

 デビュー戦の通過順は3-2で、上がりは最速の33秒5。自身より後ろにいたダノンファンタジー(33秒7)よりも速く上がり、そのダノンファンタジーが後に牝馬戦とはいえ重賞を勝っているわけである。

 2戦目ははっきり出遅れ、掛かり気味に捲り上げて2-2の通過順から上がり34秒0。上がり最速は2着ドゴール(33秒7)に譲ったが、ドゴールは道中最後方にいた馬だ。このときの出遅れ→捲り上げが今回もこの馬にとって最もリスクのあるシナリオになるかと思うが、前走が3馬身半差の圧勝。今回も登録時点でフルゲートを割っている頭数だから、仮に出遅れても対処は可能と見る。五分に出ればなお優勝への視界は良くなる。

 競馬は開催3週目なのでその時点での馬場がどうなっているのか分からないが、開幕週を見た限りでは内寄り・前寄りにいて損はないし、決め脚のある馬も有利。本来道中の位置取りと上がりの速さはトレードオフの関係にあるものだが、ここまでの2走はそれをある程度両立させている。

 贅沢を言うならもう1走くらいキャリア・経験があれば、さらに可能性が高まったのではとも思う。しかし2戦2勝からの参戦であっても、牡馬を倒す可能性は十分にあると言えるだろう。


血統評論家・栗山求さんの見解「海外では歴史的名牝が立て続けに誕生」


 朝日杯FSのグランアレグリアは、牝馬による38年ぶりの制覇に期待がかかる。父は直近4年間の朝日杯FSで3頭の勝ち馬を出しているディープインパクト。母タピッツフライはアメリカの芝GIを2勝した名牝。

 周知のとおり、6月の新馬戦(芝1600m)を1分33秒6という破格の時計で勝ち、休み明けのサウジアラビアRCも軽やかなフットワークで断然人気に応えた。

 朝日杯FS(旧名は朝日杯3歳S)を牝馬が勝ったのは1980年のテンモンが最後。80年代は牝馬が年平均1頭程度挑戦していたが、1991年に牝馬限定のGIレース阪神3歳牝馬S(現在の阪神JF)が創設されると、牡馬と牝馬の棲み分けが確立し、1991年以降の27年間で牝馬は6頭しか出走していない。掲示板に載ったのは2016年のミスエルテ4着)のみ。

 もし仮に牡牝の垣根がなく、2歳チャンピオン決定戦が1レースだけだったとしたら、テンモン以降、栄冠を手にした牝馬もいたに違いない。ヒシアマゾン、メジロドーベル、テイエムオーシャン、ウオッカ、レーヴディソール、メジャーエンブレム、ソウルスターリングなどは、勝てたとは言えないまでもいい勝負になったのではないか。

 ただ、あえて牡馬に挑もうと考えるほどそれらの陣営が馬の能力に自信を持っていたわけではなく、ごく自然に牡馬挑戦が決定したグランアレグリアが相当な傑物であることは間違いない。

 JRAが創設された1954年から2007年までの54年間で、牝馬が年度代表馬に選ばれたのはたった2回しかなかった(トウメイとエアグルーヴ)。しかし、2008年以降の10年間では5回選ばれている(ウオッカ2回、ジェンティルドンナ2回、ブエナビスタ)。そして今年、牝馬三冠に加えてジャパンCを驚異のレコードで制したアーモンドアイがその列に加わるだろう。

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▲“強い牝馬”の代名詞、64年ぶりに牝馬でダービーを制したウオツカ (撮影:下野雄規)


 海外に目を転じると、フランスの凱旋門賞は過去10年間に牝馬が7勝。トレヴとエネイブルはそれそれ連覇を達成した。また、オーストラリアではブラックキャヴィアが生涯成績25戦全勝、ウィンクスが現在29連勝中でGIを22勝と、牡馬をなぎ倒す歴史的名牝が立て続けに誕生している。

 この現象をひとつのファクターで合理的に説明することは難しい。複合的な要因によるものだろう。

 個人的に最も大きいと思われるのは、日本に限らず世界的に馬場管理の技術が進み、きれいに整備された馬場で競馬が行われるようになった結果、スピードや切れ味を武器とする牝馬がより活躍できるようになったのではないか、ということ。パワー勝負では体格的に上回る牡馬が有利でも、スピードや切れ味勝負となれば必ずしもそうではない。

 また、調教技術や栄養管理の進歩により、デリケートで仕上げが難しかった牝馬から十全の能力を引き出せるようなったことも大きいのではないか。

 牝馬による38年ぶりの朝日杯FS制覇を目指すグランアレグリアは、フィジカルな能力では現時点で牡馬に引けを取らないだろう。あとはメンタル面。前走はスタートで出遅れた上に道中行きたがるところが見られ、お行儀のいい理想的な競馬とはいえなかった。パワー勝負の道悪になることなく、初の長距離輸送でも平常心を保つことができれば、結果はおのずとついてくるはずだ。


元ジョッキー・赤見千尋さんの見解「牡馬に勝つための特別なメンタル」


『朝日杯FSの歴史を変える可能性と、牝馬が強い競馬のいま』というお題をいただいたわけですが、わたし自身は今の競馬は牝馬が強いとは思っていないのです。

 もちろんアーモンドアイはとんでもなく強いし、間違いなく歴史を塗り替えた名馬ですが、それがイコール牝馬が強いにはつながらないと思っていて。データや血統背景などを読み解くとまた違う意見がありそうですが、わたしの見解は『強い牝馬は昔からいた』であり、牡馬相手に勝てる牝馬というのは特別なメンタルの持ち主だと考えています。

 ベースにあるのは、『馬は群れる生き物だ』ということ。生産牧場などで当歳馬、1歳馬が放牧されているところを見ると、必ず群れになって走り、その中から自然に先頭を走るボスが生まれます。『危険を察知したらボスと一緒に走る』というのが本能であり、ボスと認めた馬に対しては服従関係があるのです。

 そしてそれは装鞍所やパドックなどでも、人間には見えない形で存在しているのではないかと。いわゆる、馬同士のマウンティングです。レース前に他の馬のオーラに気圧されてしまったら、競走において全能力を発揮するのは難しい。それは人間に置き換えても同じですよね。

 先日のジャパンCでは、3歳馬アーモンドアイが初めての古馬相手に圧倒的な強さを見せてくれました。秋華賞ではパドックや返し馬でかなり入れ込んでしまいましたが、今回の堂々とした態度には驚きました。パドックから地下馬道を通って馬場入りする時、誘導馬よりも先に歩いていて、まさに王者の風格! 並み居る古馬たちを引き連れて歩いているように見えたのです。

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▲牝馬三冠に加え、ジャパンCをも制したアーモンドアイ (撮影:下野雄規)


 能力の高い牝馬でも、牡馬に混じると結果を出せない馬がいます。それは、この辺りのメンタルが影響しているのではないかと。男性の中にポツンと入っても、その中でいきなりボスになれるくらいのハートの強さがある牝馬。単に気が強いというのとは違う意味での強さであり、身体的な強さと共に競走馬として大成するための大きな要素だと考えています。

 さて、本題の朝日杯FS。2戦2勝の牝馬グランアレグリアが挑戦します。阪神JFではなく朝日杯FSを選択した背景にはいろいろな要素があると思いますが、登録段階で他に牝馬は見当たらず紅一点の存在。しかし彼女の場合、新馬戦では15頭中12頭が牡馬、サウジアラビアRCでは8頭中5頭が牡馬という状態で圧勝していますから、そもそも「牡馬に挑戦する」という感じではないんですよね。

 ジェンティルドンナやアーモンドアイが牝馬クラシックの前にシンザン記念を制していることを考えると、牝馬だけの戦いに慣れる前に混合重賞を制しているというのは、そもそも強いメンタルがあるからこそできることなのかもしれないし、強いメンタルを作る一つの要因に繋がるのかもしれません。そういう意味でも今回の朝日杯FS挑戦というのは、来年へと続く重要な一戦になるはずです。

 成長度、成熟度というのは人間と同じく馬の世界も女子の方が早いと言われていますから、この時期の牡馬と牝馬にそれほど力の開きがあるとは思いません。ここまで2戦共に展開で勝った訳ではなく、自分から動いて行って圧勝しているところにも好感が持てますし、スタートダッシュや道中の走りなど、まだまだ成長の余地がある中でのあの勝ち方はすごい。

 気になるのは、一気に強くなるであろう相手関係。前に行って3連勝のアドマイヤマーズは相当強いと思うし、ファンタジストも前走内で我慢して直線よく競り勝ちました。能力がずば抜けているから仕方ないものの、厳しい競馬を経験したことがないというのは不安材料と感じます。

 ここまでいろいろ書いて来ましたが、現段階でジェンティルドンナやアーモンドアイと比較するのは酷ではないかと。グランアレグリアは朝日杯FSの歴史を変える可能性は十分にあるけれど、相手も強くなるし簡単な話ではない、というのがわたしの考えです。逆にここをあっさり勝つようならば、ジェンティルドンナやアーモンドアイに匹敵する馬になる可能性はかなり高くなってくるのではないでしょうか。

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