哲三の眼

▲“強さ”で見る者を魅了した天才少女とトップジョッキー(撮影:下野雄規)


今年のジャパンカップは3歳牝馬アーモンドアイが1.4倍の断然人気に応え勝利。2.20.6という衝撃のタイムを叩き出し世界レコードを樹立しました。今回のルメール騎手の騎乗は、哲三氏が現役時代、その乗り方に脱帽したというあの名手のようだった? 自身の経験を交え、世界のトップジョッキーの騎乗技術を解説します。(構成:赤見千尋)

「強い馬に乗っているから勝って当たり前」とは思わない


 ジャパンカップでのアーモンドアイの走りはやはりすごかったですね。ただ勝つだけではなく、世界でも戦えるのではないかと思わせてくれる勝ち方でした。

 今回古馬との初対戦でどういう競馬をするのかとても楽しみにしていて、これまでと同じように豪脚でねじ伏せる競馬もいいけれど、僕としては、ある程度のポジションを取って内目を捌いて勝って欲しいなと思っていたんです。

 というのも、日本の馬に凱旋門賞を勝って欲しいという気持ちが強くて、そこを考えると、後ろから一辺倒という脚質ではなかなか勝負ができないから。余程ポテンシャルが抜けているか、余程のラッキーがない限り、後ろからだけでは勝てないと現役の頃から思っていたので、アーモンドアイには世界で勝つためにも、より高度な内容で勝って欲しいと思っていました。

 結果だけ見ると、好位につけて直線難なく抜け出し、驚異的なレコードで勝利。強い馬が簡単に勝ったように見えたかもしれませんが、クリストフは難しいレースを選択したと思います。難しいことにトライして勝ってしまうところが本当にすごい。

 何が一番すごいのかというと、あの位置から競馬をして勝ってしまったことです。これまでのレースでも、クリストフがゲートを出していこうという気持ちが見ていて伝わっていました。実際にゲートを出る出ないは別にして、オークスの時も秋華賞の時もそうです。

■11月25日 ジャパンカップ(1番:アーモンドアイ)

 今回多少ジャンプスタートになったことに注目していただきたいのですが、実は先々週のステルヴィオも同じようなジャンプスタートからポジションを取っているんです。切れ味があって末脚勝負をして来た馬に対して、ジョッキーがゲートを出そうとすると、ジャンプ気味に出てしまうことがある。

 僕がいつもお話ししている、馬の動きを軸に例える回転の理論で考えると、静止しているところから前に出そうとした時、馬自身が前に行こうとすれば前に飛び出しますが、そうではない場合、ピョンと上に飛び上がるような力になるわけです。

 ジャンプスタートというのは人馬ともにバランスを崩しやすいのですが、マイルCSのビュイックも、JCのクリストフも、バランスを崩すことなくスピードに乗せていた。それは馬の体幹にしっかりと自分の体幹を合わせられているからで、馬にとっても多少ジャンプしたくらいではバランスが崩れずに走りやすい状態をキープできるのです。まずここが、世界のトップジョッキーの技術だと思いました。

 クリストフの良さというのはたくさんあるけれど、僕が強く感じるのは、引き付けなくても馬を走らせることができるところ。前にもお話しましたが、これまでの日本の競馬は、「脚を溜めて溜めて、直線でいい脚を使う」というのを基本にして来ました。例えるなら、弓矢を絞って絞って、一気に解き放つ、というイメージ。でも今の世界の競馬というのは、それだけではなかなか勝負できないのも事実です。

 僕も若い頃からそういう基本の競馬を求められることがあって、ずっと疑問に思っていたけれど、ある程度の経験を積んでからは自分の思うようにやらせてもらっていました。だからこそ、僕は今回のクリストフのような勝ち方が好きだというのもあります。せっかくゲートを出てもポジションを下げて、脚を溜める形で競馬をするのはちょっともったいないかなと。

 もちろん馬によって、状況によって、そういう競馬の方がいい場合もありますし、今回のアーモンドアイもいろいろな選択肢があったと思います。その中でゲートを出して、あのポジショニングを取ったのがさすがだなと思いました。

哲三の眼

▲「引き付けなくても馬を走らせることができるところ」がルメール騎手の凄さ(撮影:下野雄規)


 今回のクリストフの騎乗は、2004年の有馬記念で見せたオリビエ(・ペリエ騎手)のゼンノロブロイの乗り方に似ているなと。天皇賞秋、JCは末脚を伸ばす競馬をして連勝したのですが、有馬記念ではおそらく僕が騎乗していたタップダンスシチーに的を絞っていた。その時、オリビエはゲートを出して、タップの2番手に付けるという競馬をしたんです。結果はご存知の通り、ゼンノロブロイが1着、タップが半馬身差の2着でした。

 僕自身は負けて悔しかったですが、この時のオリビエの乗り方は本当にすごいと。状況によって乗り方を変えられるその対応力に脱帽しました。

 クリストフも、オリビエに近い対応力がある。よく、「強い馬に乗っているから勝って当たり前だよね」という人がいますが、僕はそうは思わない。「走る馬に乗ってこういうことされたら負けませんよね」って。アーモンドアイにあのポジショニングを取られたら、他の馬たちはもう何も手出しできないし、手出しさせないという競馬でした。

 2着キセキも素晴らしい走りでしたね。立て直した厩舎陣営の努力もありますし、騎乗した川田くんの技術も大きかったと思います。前走天皇賞秋で2000mを逃げて、次にすぐ2400mを持たせるのは難しい。その中で馬の気持ちを維持して、馬場を利用してこの馬のタフさを引き出す競馬をした。もしもアーモンドアイが後ろから行っていたら、もしかして、ひょっとしてと思わせてくれるレースで、2着に負けはしましたが、馬券を買っていた方々にとってもいいイメージのレースだったのではないでしょうか。

 川田くんはこの秋のGI戦線で、勝ち星こそ挙げていないけれど常にいい競馬をしています。今年に限らず、GIでもどのレースでも、ポジションをしっかり取りに行くレースをしていてポジションを下げないということを心掛けているように見える。そういう普段からの積み重ねがGIにもつながっていると思うので、ぜひ勝って欲しいという気持ちが強いです。勝ったらもっと川田くんのすごさが伝わると思いますし、年末までまだまだGIがあるので期待しています。

今週の注目コンビ


哲三の眼

▲南部杯で古馬も撃破した3歳ダート王×M.デムーロ騎手に注目!(撮影:高橋正和)


 今週注目しているのはチャンピオンズCのルヴァンスレーヴとミルコのコンビ。ミルコはこの秋GIを勝っていないけれど、ずっと成績上位に来ています。ただ、勝ち切れずに相当悔しいレースが続いているのではないでしょうか。「勝ちたい!」という気持ちが人一倍強いジョッキーなので、ルヴァンスレーヴで勝って気持ちを晴らして欲しいです。

(文中敬称略)