海外競馬通信

▲(左から)坂井瑠星騎手、小崎綾也騎手、野中悠太郎騎手


短期免許で来日する外国人騎手が目立つ一方で、日本の若手騎手たちが果敢に海外に挑戦しています。2017年8月から4カ月間オーストラリアに滞在した小崎綾也騎手(23)、2018年3月から7カ月間アイルランドで修行した野中悠太郎騎手(22)、2017年11月から1年1カ月の長期間オーストラリアに行っていた坂井瑠星騎手(21)。遠征中はnetkeibaで連載コラムを担当してくださった3騎手の対談が実現しました。

第2回目の今回は、日本と世界のシステムの違いに戸惑ったことや、オーストラリアとアイルランドの馬文化の違いに迫ります。レース当日にジョッキーが来なかったり、体重オーバーが許されたり、カンガルーがコースに入って中断したり…衝撃の海外競馬事情に迫ります。

(取材・文=不破由妃子)


「F.Matobaはすごい」豪でも話題に


──日本の競馬やジョッキーは、現地ではどんなイメージで受け止められているんですか?

坂井 最近は日本からきている馬も多いですし、日本の競馬に興味を持ってくれている方が多いなと感じました。ディープインパクトはどんな馬だったのかとか、最近ではアーモンドアイはどうなんだとかいろいろ聞かれましたしね。日本でいうウインズみたいな場所もあって、そこで地方競馬の馬券も買えるんですよ。

野中 マジで!? そうなんだ。

坂井 はい。「F.Matobaはすごい」って話題になってましたよ。アイルランドではどんな感じですか?

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▲地方競馬最多勝利記録を更新した「F.Matoba」こと的場文男騎手 (撮影:高橋正和)


野中 サクソンウォリアーとスタディオブマン(どちらもディープインパクト産駒)がクラシックを走っていたから多少話題にはなっていたけど、正直、トップジョッキー以外はそれほど日本の競馬には興味がないような印象を受けた。スタッフでいうと、バイト感覚で仕事にきている人もいて、1週間で辞めたりとか普通にあったから。そういう人は当然、海外の競馬になんて興味はないわけで。

小崎 それだけ馬文化が生活に入り込んでいるということだよな。オーストラリアは、そこまでではないから。

野中 そうですね。中高生が夏休みのあいだだけちょっと乗りにきたり、田舎の競馬場では、競馬の日に学生が馬を曳いたりしてましたよ。

坂井 それはすごいな。オーストラリアでは、見習いジョッキーがけっこう馬を曳いてましたね。午前中のレースに乗っていたジョッキーが、後半のレースでは馬を引っ張っているから、「あれ?」みたいな。

野中 僕はやらなかったけど、アイルランドでもそういうケースはあったよ。

坂井 やっぱりそうですよね。見習いジョッキーの労働環境は本当に厳しい。当たり前なのかもしれませんが、なんでもやらなければいけない。

野中 競馬も乗れる調教助手くらいの感覚だよね。

ヨーロッパのコースは見上げるほどの高低差


坂井 そうですね。そういうちょっとしたことも含め、日本とは何もかもが違い過ぎて、最初はすべてに戸惑いましたよ。

小崎 そうだよな。なにしろ、競馬場も当日入りだし。

坂井 そういえば、騎乗するはずのジョッキーが競馬場にこなくて、レース直前に急きょ「乗ってくれ」って言われたことがありましたよ(笑)。

野中 海外ならでは(笑)。アイルランドでも、ダービー当日にイギリスのリーディングジョッキーが最初のレースに間に合わなくて乗り替わりになったケースはあったけど、それ以外はなかったな。

坂井 体重調整ができなかったからこないとか、割としょっちゅうありましたね。

小崎 日本ではほとんどオーバーウエイトなんてないけど、向こうはけっこう多いよな。

野中 そもそも、アイルランドではオーバーウエイトっていうシステムがあって、レース前に申請しておけば2パウンド(約900g)くらいはオーバーしても制裁対象にならないんですよ。「〇〇ジョッキーが1パウンドオーバーしました」という場内アナウンスが流れるので、お客さんもちゃんとわかっていて。

小崎 あ、オーストラリアでもそういうアナウンスがあったような気がする。

野中 あと、僕が戸惑ったことといえば、返し馬ですね。2400mのレースでもコースを1周しなかったりするので、返し馬では馬場を横切ることになるんですけど、どこに行ったらいいのかさっぱりわからなかった(笑)。だから、最初は後ろの馬を先に行かせて、その馬についていったりしていました。向こうの競馬場は、放牧地にただ柵を刺しているような感じなので、最初はホントに戸惑いましたね。

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▲野中騎手「僕が戸惑ったのは返し馬、どこに行ったらいいのかさっぱりわからなかった(笑)」


坂井 わかります。僕が初勝利を挙げた競馬場も、向正面の外ラチがなくて。コースの向こうには、ただひたすら草原が広がっていました(笑)。

野中 そういえば、カラ競馬場の向正面も外ラチがなかったなぁ。

小崎 ヨーロッパは行ったことがないからわからないんだけど、外ラチがないとか以前に、そもそも起伏がものすごく激しいんでしょ?

野中 そうですね。ヨーロッパに乗りに行く一番のメリットは、起伏のあるコースで経験を積めることだと思います。普通キャンターをする調教コースにも下り坂や上り坂がありますからね。

小崎 バランスの取り方が変わってきそうやな。

野中 はい、全然違いますね。僕は結局8つの競馬場で乗ったんですけど、唯一フラットだったのがオールウェザーの競馬場で、それ以外は基本的に下ったり上ったり、右に行ったり左に行ったり。とにかく高低差が半端なかったです。僕が一番多く乗ったゴーラムパーク競馬場の上り坂なんて、ちょっと見上げちゃうくらいの坂でしたよ。「えっ? ここを上るの!?」って思いましたもん(笑)。

 オーストラリアのコースはどんな感じなんですか? けっこうフルフラットな感じ?

坂井 いえ、僕が乗ったなかでは、フラットな競馬場はなかったです。でも、場所によりますよね?

小崎 そうやな。俺が乗った競馬場は、比較的フラットやったし。

坂井 高低差があるといっても、ヨーロッパの起伏とは全然違うでしょうけどね。ただ、バンクが競輪のコースみたいになっている競馬場があって、超斜めになりながら乗ってました(笑)。

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▲オーストラリアのコース形態を語る小崎騎手と坂井騎手


野中 それはそれで怖い(苦笑)。変わったコースといえば、僕は乗ってないんですけど、砂浜競馬がありましたよ。プロのジョッキーがちゃんとした競走馬に乗って砂浜を走るんです。1年に1回くらいしか開催はないんですけどね。コースにしろシステムにしろ、日本ではあり得ないことばかりで面白いですよね。

坂井 オーストラリアでは、カンガルーがコースに入ってきちゃうこともあって、それでレースが5分遅れたり(笑)。

野中 それ、動画で観たことがある! とにかくいろんな経験をして思うのは、日本の競馬場はすごいっていうこと。めちゃくちゃ乗りやすいですよね。ちゃんと真っ直ぐにラチがあるし(笑)。

小崎 うん。海外の競馬を経験すると、システムや賞金も含め、自分は普段すごく恵まれたところで乗ってるんだなって改めて実感する。

坂井 僕もそれはものすごく感じました。海外からたくさんの外国人ジョッキーが乗りにくるのも納得ですよね。

(文中敬称略、次回へつづく)