【菊花賞】見えずとも輝いたトップジョッキーの隠れ技
2018年10月25日(木) 18:01

【菊花賞】見えずとも輝いたトップジョッキーの隠れ技

哲三の眼!

▲デビュー4戦目での菊花賞制覇は歴代最少記録(C)netkeiba.com

平成最後の菊花賞は、7番人気フィエールマンが差し切り勝利。重賞3連勝中のC.ルメール騎手の手綱で、17年ぶりに関東所属の菊花賞馬が誕生しました。京都3000mという特殊な舞台で、予想外のスローペースのなか光った上位3騎手の隠れた技術とは? 3着ユーキャンスマイルの武豊騎手を中心に、上位3騎手の騎乗を振り返ります。(構成:赤見千尋)

“スタートが普通に出る”にも見えない技あり

 菊花賞はキャリア4戦のフィエールマンがエタリオウの内から伸びて勝利。わずかにハナ差の決着で、とても見ごたえのあるレースでした。

 フィエールマンにはデビューからずっと注目していて、この世代の男馬の中でもトップ3に入る力のある馬だと思っていましたが、これまではゲートをゆっくり出て後ろから行くという競馬が続いていました。菊花賞のレース前も「ゲートが(速く)出ないから後ろの方からの競馬になるだろう」という厩舎陣営のコメントもあったように、『後ろから競馬をする』というのが大方の予想だったと思います。

 しかし予想に反してゲートを出て、中団前目の位置で競馬をした。みんなが出ないと思っているところをGIの舞台で普通に出してしまうところにクリストフのすごさを感じます。ものすごく速く出たわけではないけれど、五分くらいのスタートで、戦いやすいポジションを取りやすいくらいには出た。この『スタートが普通に出る』というところに、クリストフの隠れた技術、見えない技術があると思います。

■10月21日 菊花賞(12番:フィエールマン)

 今回、前に行きたいと言っていた3頭がいて、それらがやり合って速くなるのか、それともけん制し合って逆にスローになるのか、ゲートが開いてみないとわからない状況でしたが、それでもこのメンバーでこの枠の並びならば速くなるのでは、と言う風に読んでいたジョッキーは多かったと思います。それが、思いの外スローになった。この展開は内枠の馬、特に人気になっていた謙くんにとっては難しい展開になってしまったのではないかと。

 クリストフはスローになって内側の馬がそういう状況になったところ、瞬時にポジショニングを上げていい位置まで押し上げた。3000mで大事に行こうという考えもある中で、まずは早めにポジションを取って、それから構えようというレースをしたところもさすがでした。

 レースの中ではペースダウンする確率が高い場所がありますが、菊花賞だと最初のコーナーを下ってちょっとしてからの1コーナーから2コーナーがそれに当たります。いつも絶対にペースが落ちる場所で、そこに隙が生まれるから後ろから押し上げることが可能になる。今回ミルコがまさにそういうレースを見せてくれました。

 最初は後ろから2番手くらいの位置取りでしたが、みんながペースを落としたところで上がって行った。結果的に2着だったけれど、あそこでジッとしていたら接戦まで持ち込めていないのではないかと感じます。
哲三の眼!

▲2着エタリオウもM.デムーロ騎手の好判断が光った(C)netkeiba.com


 途中で押し上げてポジションを取って、というレースはスワーヴリチャードを連想させる展開でした。もたれるという馬をもたれず勝ち負けまで持って行っているところにもすごさを感じるし、今週のスワーヴリチャードでのレースも楽しみになりました。

今回も見ていて「豊さん、競馬楽しいやろな」って

 上位2頭の戦いはとても見ごたえがありましたが、僕が一番注目していたのは最初の3コーナーの入りで、そこで一番目が行ったのは豊さんでした。

 あの場面で豊さんは、できるだけ内につけてポジションを上げてという動きの中で、謙くんの前に潜り込んだ。3000mという長距離でもスタートからのポジション取りというのはとても大切で「京都3000m心得てますね、さすが豊さん」という感じ。アイトーンがもっと押して行くのではないかというレース前の印象よりもスローになる展開で、若干の誤差はあったかもしれませんが、考えていた通りの競馬ができたのではないかと思います。

 秋華賞でも豊さんの隠れた技術が出ていて、この時は1枠2番という枠順だったけれど内側に謙くんを入れて、自身はある程度外目からアーモンドアイが来るのを待って、その後ろにつけている。菊花賞とは真逆の乗り方で、一見距離ロスのような気がするかもしれないけれど、3コーナーから自分で前を捌いて行くということを考えると、勝ち馬に乗って行った方が自力で抜け出して行くよりも効率がいい時があるんです。

 内だと距離ロスなく回って行けるけれど、自分で捌いて行くという部分で力を使いますが、強い馬が伸びて行く後ろにいると、引っ張って行ってもらえるという感覚があって。特に今年の秋華賞のように、力の抜けた強い馬がいる場合、こういう乗り方が有効になる場合がある。距離ロスなく行くか、それとも外で勝ち馬に乗るか、そのどちらがいいかというのはその時その時で違うので、これはもう経験だと思います。結果的に秋華賞では外を選択して3着になった。

 抜けた存在がいなかった菊花賞ではロスをなくしたいところで、内を選択してなるべくいいポジションを取りたいし、なおかつ人気の謙くんの馬を抑え込められたら最高かなと。そのすべてをスタートしてすぐにサラッとやってのけて、10番人気のユーキャンスマイルを3着に持ってきた。本当にさすがです。

 向正面から3コーナーの手前の形を見ると、クリストフ、ミルコ、豊さんと3頭が同じ位置にいるんです。結果的に上位になる3頭はそこでポジション取りの勝負付けが済んでいるというか、これで負けたら仕方ないというレース運びをしている。

 そしてミルコが先に動いて行って、4コーナーからの立ち上がりで豊さんがクリストフに蓋をしながら回って、クリストフは内に切り返して伸びて来た。この3頭の攻防は本当に面白かったです。

 先にも言いましたが、謙くんにとってはスローだったことで難しい展開になったと思います。その中でも自分の馬の強さを信じて乗って、直線も外から伸びて来たけれど、上位3頭には届かなかった。敗因は一つではないけれど、豊さんが近くにいたこともその一つだったのではないかと思います。
哲三の眼!

▲長丁場のレースで重要なポジション取りも「さすが豊さん」(C)netkeiba.com


 馬群を使って蓋をしたりブロックしたり、本当に自在にレースを操っているようで、今回も見ていて「豊さん、競馬楽しいやろな」って思いましたから。僕も現役時代に何度も何度も豊さんにやり込められて、悔しい思いをして来ました。そこから考えて考えて、たまにやり返せるとすごく嬉しかったです。

 謙くんにとっては悔しいレースだったと思うけれど、これを糧にまた熱いレースを見せてくれることを期待しています。

netkeiba 関連コラム